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2014年8月19日火曜日

永久機関プロット02

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 何をしていいのかわからなかったので、体を動かすことにした。引きこもってからの習慣である。どういう意図があったのかはわからないが、毎日正確に行っていたようだ。それを10年もしていたのだから驚きである。安芸さんの様子から察するに僕は人間のようだが、それも疑わしい。そんな疑念を抱きながらも、まだ辞めようとしない自分も大概だが、過去の自分もどうかしている。元々何かしらの欠陥を持っていたと考えるべきだろう。そして、彼女も充分おかしい。
 今日も懲りずに安芸さんが現れた。姿勢よく歩き、ここを目指している。僕がいる階につくと彼女は深呼吸し、何もないのに微笑む。そして扉の前に立ち、

「ねえ、生くん。学校いこうよ」

 一定のリズムを刻みながら扉が叩かれる。
 僕にとって迷惑きわまりない安芸さんの活動は3日目に突入していた。
 チャイムを鳴らさなくなったのは、鳴らなくなったからである。

「あなたが恐れるものはなにもないんですよ」

「私がなんでもお手伝いしますから」

「ケーキ買ってきたんです。あ、フルーツのほうがよかったですかね? あ、ケーキは桃と苺ですよ」

 とか、一日中言い続け、

「ぶー、明日はここ、開けますから」

 と毎日物騒な台詞を吐いて、安芸さんは20時に帰った。
 保護対象の確認が済み、僕の担当が決まったため、報告義務が出たようだ。

「すっかり時計の必要がなくなった」

 僕は別段迷惑とは思っていなかったし、何とも律儀に安芸さんが来ている間はとりあえず耳を傾けた。聞こえてしまうものを邪険に扱うことはできない体質のようだ。

「おやすみ」

 暗闇に語りかけ、僕は眠る作業に入る。今までどうやって眠っていたのかがよくわからなかった。誰かにおやすみということを知っていたので試してみると眠れたのだ。それから言うように週間づけようと思ったが、基本的に時間が来れば眠れるようになっていることを今日思い出し、明日からは気が向いたら言うことにした。



 目が覚めた。気分は悪くないし、よくもない。そもそも基準がなかった。そんなことを思っていると、安芸さんが扉をノックした。

「朝ですよ」

 扉に背を向け、僕は話を聞く準備をする。
 こうして4日目が始まった。

「生くん。必ず見てくださいね」

 と安芸さんが言った後、封筒がポストから飛び出てきた。
 僕は器用に床に落ちる寸前で掴み、封筒を開ける。
 中から出てきたのは学校のパンフレットだった。全体的に単調な明るい色で印刷されている。様々な色を一気に見たせいで、僕の目は拒否反応を起こしたものの何とか一通りページをめくり、封筒に入れて郵便受けから返した。

「ほ、本当に見たんですか?」

 返却まで1分足らずだった。安芸さんの問いは至極当然と言える。彼女が驚いていることを知ってからそんなことを思い出した。しかし、嘘ではない。きちんと記憶している。僕は心の内で肯定し、返事がないな、と思った。それは僕のほうに問題があった。決まりきったことを知らなかった。何かしらの形でできるだけわかりやすいように表現しないと伝わらないのだ。

「はい」

「ええ、嘘だ。じゃ、じゃあ、クイズ出しますよ」

「ええ、どうぞ」

 堂々と僕は返した。今更、嘘を吐く訳にもいかない。

「プールは何階にあるでしょう?」

 熟読しても、そんなところは見ていないだろう、というような箇所だった。

「1階です。多目的場を加えるなら7階もですね」

 安芸さんが何をしたいのかわからない。プールの場所が重要なのだろうか。

「つ、次」

「どうぞ」

「生徒数は?」

「1040人です。通信制も合わせれば、1507人ですね」

「ま、まだです」

 ここからは不毛な争いだった。
 学校からはずれ、何ページの少年の服の色、とか、パンフットのページ数、とか、完全に目的を見失っていた。
 無論、すべて正解だった。安芸さんの暴走は意味をなさなかった。

「興味、ないんですか?」

 安芸さんが尋ねた。どうやら彼女は僕という存在を勘違いしているらしい。興味どころか、記憶も意思もないのだ。残っていたのは命令だけというポンコツである。

「ありません。前にもお伝えしましたが、僕はここでこうして生きるのがいいんです」

「それは嘘です」

 先ほどまでの沈んだ声が嘘のように、安芸さんはキッパリ言い切った。全力で否定してくる。声だけでなく、目でも。彼女の言葉が僕の命令を書き換えようとしていた。

「逃げていたって、いいことはありません」

 核心を突く一言だった。記憶を幹から揺らされたような破壊的な一撃であった。僕の頭が働き、会話の間を稼ぐ。顔もまともに合わせず、壁一枚へ立てて数日会話した安芸さんにそれを言われたことよりも、自分自身が逃げていたという事実を忘れていたことに驚いた。
 しかし、そんなことでは扉は開かない。でも、僕は重要な知識を得た。

「やれやれ。引きこもりにそんなことをいきなり言ったらダメでしょう?」

 と言って白い歯を見せ、僕は微笑む。すっかり意見を伝えることを忘れていた。それだけでなく、今の今まで逃げてきたという罪の存在すら忘れていたのだ。




「寒いですね」

 と安芸さんはぼんやり外を眺めながら呟いた。

「もうすぐ大晦日ですから」

 空調設備が整っている部屋では寒さと無縁だ。僕からすれば、外の寒さなど気にするまでもない。それに、外を見てはいけないと刻まれている。

「実家に帰らないんですか?」

「いえ、毎日来ます」

「3が日ぐらい寝正月がいいんですけど。あなたもでしょう?」

「いえ、来ます」

 皮肉を混ぜず、安芸さんにキッパリ言われ、僕も閉口するしかなかった。薄々勘付いていたことだが、仕事に対してだけは融通が利かないようだ。
 そんな僕の諦めを確かに感じながらも、安芸さんは勝ち誇ったような顔はせず、話を再開した。

「そうそう、生くんは年越しそば食べます?」

「まあ、一応」

「そうなんですか。私はそういうのしなくなっちゃいました」

 そう言って安芸さんは笑った。笑うたびに彼女の口から白い気が零れる。その煙はどこか悲しげに形を変えた。煙が宙に消えきり、辺りは静寂に包まれた。その空気はどこか重い。僕は勢いづけるように手を打った。

「意外ですね。イベントごと好きそうなのに」

「はは、今やイベントが溢れてますから」

「そうですか」

 素っ気ない僕の返事に、安芸さんは唸った。会話はできたがどうも弾まないなあ、という雰囲気を隠しもしなかった。隠し事ができない性分なのだろう。
 そんな安芸さんを見かねて僕が、ねえ、と切り出した。

「安芸和澄さん、そろそろ諦めてくれないかな」

「イヤです」

 間髪入れずに力を込めて安芸さんは答えた。

「そう言わずにさ。僕みたいなの相手にしても暇でしょ。さっきから会話が途切れるし」

「そんなことありません。それに仕事ですから」

「なら、なおさらだね」と僕は言い、扉を何度か人差し指で叩いた。「仕事を妨害されてるようなものでしょ。僕は必ずここから出ないし、出たとしたら多分、もっと意味がない」

「違います。生くんを外に出すことが最終目的ですが、お話するだけでもいいんです。一人じゃないって、わかってほしいから」

 僕は何も言わなかったし、安芸さんは言葉を待った。
 僕の心中には様々な意思が渦巻いていたが、その中でも明確に嘲笑や失望といった負の意思が一緒に漂っていた。一人じゃない、という言葉に反応していた。そして、どうしてかは自分でもわからなかった。そんな不安に寒気を感じたが、沈黙を先に破ったのは僕だった。物思いに耽るほうが、悪化するとわかっていたのだ。

「安芸さん、お人好しですね」

「そんなことありませんよ」

 安芸さんの返答には照れが含まれていた。壁の向こうで、僕が口端を吊り上げる。こうしてはぐらかせばいいのか。

「いえ、とても優しくて、美人で、可愛いです」

 女性としてあるまじき汚さで安芸さんは吹き出した。
 微かに僕の笑い声が彼女の耳に届いてようやく馬鹿にされていることに気づいた。

「もう、からかわないでください」

「ごめんなさい」

 素直に謝ったため、安芸さんはそれ以上言わなかった。

「でも、少しは思ってますよ。そうだろうな、って」

「どうしてですか?」

 茶化すような口調ではなかった。これ以上、続けるのはできなかったらしい。だから安芸さんも真面目に訊いた。

「僕はここ十年出てないからよくわかりません。けど、あなたみたいな人は少ないんじゃないかって。どんな時代でもどんな世界でも、他人のために何かできる人は少ないんですよ。人間、色々限界がありますから」

 急に老成したような、感慨を込めた言葉だった。なるほど、と納得できる声だった。ただ理由もなく、ここにいるわけではないのだと語っていた。僕は自分の声から自分の断片を見た。まだ、今の僕よりも過去のほうが強いらしい。勝手に口が動いていた。

「も、もう、私の方が年上なんですからね」

「そうだったんですか」

 先ほどとは打って変わって、高い声で僕は驚いた。

「え、何歳だと思ってたのかな?」

「16くらいかな、と」

「に、21です」

 頭の中が響くような重複する鈍い音が鳴った。僕はいつの間にか頭を扉でぶつけていたらしい。

「こ、いえ、童顔ですね」

「そんなことないです。身長は平均です」

「顔ですって。まあ、僕の選別眼は廃れてますし、勘弁してください」

 それきり話がなくなって、安芸さんは定刻通りに去っていった。
 まともな会話ができて嬉しかったのか、去り際に立ち上がった彼女の顔には笑みが浮かんでいた。

「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」

 今回の挨拶は新年の決まり文句だった。同じように僕も返す。

「どうでした?」

「何のことでしょう」

 皮肉る言葉が出そうだったので、質問を返した。

「お正月を迎えた心境です」

「はあ。ただ一年過ぎたな、ぐらいです」

 後悔ではなく、死に近づけた、という竹尾生らしい言葉だった。ようやく僕は竹尾生の趣向と合ってきたらしい。

「そういえば生くん、いつも何してるんですか」

 初めて安芸さんが竹尾生の生活に触れようとした。初対面の相手に使う常套句である。ようやく、並の会話に入れる段階になったのだ。それに対して申し訳ない、と僕は思った。

「何もしてません。寝て、食べて、寝ての繰り返しです」

 え、と声に出し安芸が驚いた。これは彼女を遠ざけようという嘘ではなかった。それに、竹尾生が嘘をつくことはない。それは僕も同様に。

「言いましたよね。僕はここで死ねれば満足なんです。でも、死に方は寿命死一択ですけど」

 扉越しでも、安芸さんが言い淀み、賢明に励ましの言葉を探っているのがわかった。だが、それはきっと意味をなさない。なぜなら、僕も竹尾生のことを理解し切っていないからだ。

「ごめんなさい。困らせてしまいましたね。安芸さんが話してくださいよ。あなたの話、好きなんです」

 僕はそう謝罪して、照れ笑いを浮かべた。自分の事情に誰かを巻き込んではいけない。厄介事の塊だ。引きこもりで寿命死を目指していて、記憶喪失。何の冗談だろう。

「生くん」

 寒気を纏った声音。僕が求めていたような話題ではない内容が、安芸さんの口から流れることは明らかだった。

「絶対にあなたを一人では死なせません。申し訳ないと思うのなら」そこで一度切り、扉に備え付けられている投入口を開け、振り返った僕と目を合わせた。「私と約束してください」

「約束、ですか」

 僕が言葉をなぞると、

「はい。約束です。1年後、私がこうしてあなたのところを訪れていれば、この扉を開けて、中に入れてください。30分でいいですから、お話しましょう」

 言葉の真意を探るように、何もかも見通すように、僕は安芸さんの目を眺め続けた。

「わかりました。約束します」

 と僕は約束してしまった。


 今日も今日とて、安芸さんが現れた。1週間記念日ですね、と浮かれていたため、いつもより3割増しの元気だった。僕はいつも通り応対した。

「もう1週間か」

 僕は、毎日よく飽きないものだ、と愚痴をこぼす。
 いいリハビリだ、と考えることにした。
 ここでは相手の顔や行動が見えない分、言葉について考えなければならない。暗闇にいた人間が急に明るい場所に放り投げられたら酷いことになるのと同じだ。
 竹尾生という人間が、人よりも深く速く考える性質であることも加担している。彼にとって考えるというのは、人並みに戻る儀式みたいなものだった。思考回路が働きすぎるのだ。わざと負荷をかけることにより、どうにか戻れる。
 どういう形にせよ、僕は記憶を再構築しなければならない。それは他ならぬ、竹尾生自身がそうしたのだから。どれだけ小さくなってもそう望んだ意思があった。
 その可能性を僕は消せないのだ。

 僕には記憶がなかった。無い物やおかしな点を列挙するとキリがないが、整理していくと、3つに分けられる。それは、目と頭と心だ。
 僕の目は様々なものをうつす。自分の姿が見える俯瞰視点であったり、扉越しの人間が見える。これを目による認識と捉えていいのかはわからない。暗く、光も香りも扉にさえぎられているからそう見えるのかもしれない。そして、それを何事もないように処理する頭だ。あまりに早いため、過去の再生と現実の処理を同時にしても余る。が、慣れれば操作できるものだ。
 一番問題なのが、意志がないことだ。こうしたいというものがなく、しなければならない、という命令に従っているだけである。

「おそらく、飽きないんだろうけど。まずったな、ひょっとすると、があるかも」

 ひょっとして、もしかすると、いや間違いなく、と考えが飛躍していく。
 頭を振って思考を切り替え、

「おやすみ」

 ぼんやり1年後のことを考えつつ、僕はゆっくり瞼を閉じていく。意識が薄れゆくほどに、虫の羽音のような不快な音が耳を満たし、脳は深い無念の記憶が占めていく。それは追体験に等しいものであったが、そのことを目覚めた僕は記憶に留めていない。そのように設定されているからだ。これはあくまで責め苦であって、僕を奮い立たせるものであってはならない。





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